大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

横浜地方裁判所 昭和48年(レ)56号 判決

控訴人

小俣茂晴

右訴訟代理人

瀬沼忠夫

〈外一名〉

被控訴人

渡辺ツヤ

〈外五名〉

右被控訴人ら訴訟代理人

堀家嘉郎

〈外二名〉

主文

原判決を取り消す。

被控訴人らは控訴人に対し、別紙物件目録記載の土地につき横浜地方法務局上溝出張所昭和四二年一〇月三一日受付第四三、二八二号をもつてなされた条件付所有権移転仮登記の本登記手続をせよ。

被控訴人らの請求(反訴)を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じ、本訴・反訴とも被控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一本件件土地がもと被控訴人らの先代の所有であつたこと、同人は昭和四四年三月一〇日死亡し、被控訴人らが共同相続により同人の権利義務一切を承継したこと、本件土地につき横浜地方法務局上溝出張所昭和四二年一〇月三一日受付第四三、二八二号をもつて農地法五条の許可を条件とする所有権移転仮登記がなされていることは、当事者間に争いがない。

二控訴人の本訴請求について

1  控訴人は、前記仮登記は、被控訴人ら先代が訴外一ノ瀬正壱こと松下正壱(一)(以下、松下正一という)および渡辺行江に対し、本件土地売却処分の代理権限を授与し、右松下が右権限に基づいて昭和四二年九月二四日控訴人との間に締結した控訴人主張の本件土地の条件付売買契約を原因としてなされたものである旨主張するので検討する。

(一)  〈証拠〉を総合すれば、つぎのような事実が認められる。

(1) 訴外日本産業建設株式会社(以下、訴外会社という)は、不動産売買等を目的として昭和三五年一〇月設立され、昭和四二年九月頃は事務所を東京都新宿区柏木町におき営業していた。同会社は、実質上松下正一および小倉正自(以下、両名を松下正一らという)が実権を握つて打耳り、その頃、相模原市内において宅地転用のための農地の売買を多く取り扱つていた。また、松下正一らは、当時「南多摩観光開発」という商号をも用いて、訴外会社と同一事務所で同一看板に二個の商号を併記して同一業種である不動産売買等の業務を行ない。営業政策上、訴外会社の名義を用いたり、「南多摩観光開発の名義」を用いたりして一定しなかつた。

(2) 松下正一らは、土地売買を行なう場合に地主から委任をうけてこれを代理または仲介して販売して手数料を徴するという方式をとらず、利潤追及のため、地主から土地を買い取つてこれを転売する方策をとつていた。

ところで、訴外渡辺行江は被控訴人ら先代の弟であり、相模原市で農業を経営していたものであるが、附近農家に対して面識も広く、昭和四一、二年頃、訴外会社らが相模原市で不動産売買を行なうようになつてから同訴外人のあつせんによる売買地は一〇〇〇坪にのぼつていた。

昭和四二年九月下旬、松下正一らは、「南多摩観光開発」の名義を使つて本件土地を含む農地を宅地分譲地として一般に売り出したのであるが、同人らはその一ケ月位前(八月下旬頃)に渡辺行江とともに被控訴人ら先代方を訪れ、同人から訴外会社名義で本件土地を代金八六五万円にて買受け、同人に対して手附金五〇万円を交付していた〈証拠排斥〉。しかし、本件土地は農地であり(当事者間に争いない)、しかも松下が本件土地を宅地転用の目的で転売することは明らかであつたので、被控訴人ら先代は、松下が本件土地を第三者に転売しても異義なくこれを承諾し、そのときは転売人に対し農地法五条による所有権移転の許可申請手続をする旨合意し、また右許可あり次第、本登記手続に必要な一切の書類を松下ないし訴外会社に無条件で交付する義務を負担することを約した。

(3) 昭和四二年九月二四日、松下正一は、「南多摩観光開発」の商号を用いて、控訴人との間に本件土地につき次のような内容の売買契約を締結した。すなわち、

(イ) 売買代金

金一、〇二五万円(坪当り金二万五、六二五万円)

(ロ) 代金支払方法

昭和四二年九月二七日 金一〇〇万円

同年一〇月二七日  残金九二五万円

(ハ) 所有権移転登記日

同年一〇月二七日   残金の支払と引換えに所有権移転登記する。

(ニ) 特約

本件土地の坪数は一応四〇〇坪とするも、実測の結果、過不足を生じたときは、実測坪数によつて代金額を精算する。

その後、実測した結果、本件土地の坪数が四〇〇坪に不足することが判明したので、右特約に基づいて精算し売買代金を金九一〇万二、〇〇に円に減じ、控訴人は昭和四二年九月二七日内金一〇〇万円、同年一〇月二七日残金八一〇万二、〇〇〇円を松下正一に交付した。

(4) 松下正一らは、控訴人の残代金支払に先立ち、昭和四二年一〇月二五日、被控訴人ら先代から、訴外会社に対する本件土地売買契約書(乙第一号証)と農地法五条の許可のあり次第無条件で本登記に必要な一切の書類を転買人に交付すべき旨記載した売渡承諾書(甲第六号証)の交付をうけ、同月二七日控訴人から残代金を受領すると引換えに右売渡承諾書を控訴人に交付し、更に同日、被控訴人ら先代の印鑑証明及び同人の委任状等仮登記手続に必要な書類を用いて本件土地について控訴人のための所有権移転仮登記を経た。

以上の事実が認められ、これに反する証拠はない。

(二)  松下正一が被控訴人ら先代の代理人として正当代理権に基づいて昭和四二年九月二四日被控訴人ら先代を売主とし控訴人を買主として控訴人との間に本件土地につき条件売買契約を締結したことを認めるに足る証拠はない。

また、松下正一が被控訴人ら先代の付与した正当代理権に基づきながら代理人たることを示さずして控訴人との間に右契約を締結し、控訴人も右契約締結が被控訴人ら先代のためにする代理行為であることを知つていたことを認めるに足る証拠もない。

2  控訴人は、無権代理の追認を主張するけれども、本件土地の売買は前認定のとおりであつて、松下正一の無権代理行為は認められないから、右主張はその前提を欠き採用しない。

3  控訴人の本件土地所有権の取得。合意による中間省略の許可申請。

(一)  被控訴人ら先代の本件土地売却については、買主が本件土地を転売したとき売主は転買人に対し農地法五条に定める所有権移転の許可申請手続をする旨の合意があつたことは前認定のとおりである。

(二)  ところで、農地法五条一項の許可を受けようとする者は、同法施行規則所定の申請書を農業委員会を経由して都道府県知事に提出しなければならないのであるが、本件につきこれを検討するに、〈証拠〉を総合すれば、本件土地につき所有権移転仮登記手続を了した後、農地法五条に基づく知事への許可申請手続が履践されないので、控訴人は昭和四三年三月頃松下正一に督促した結果、松下は「南多摩観光開発」の代表者佐藤信一をして右申請手続をとるよう命じ、同月一一日、売主である被控訴人ら先代の代理として渡辺行江および転買人である控訴人の使者として同人の妻が佐藤とともに相模原農業委員会に出頭して、本件土地の譲渡人を被控訴人ら先代とし、譲受人を控訴人として、連署して許可申請書を提出したところ、同年四月二六日、神奈川県知事から農地法五条の許可があつたことが認められる。他に在認定を左右する証拠はない。

(三)  農地法三条所定の知事の許可を条件とする農地の売買契約において、これを転売したときは売主は直接転買人のため許可申請をする旨合意しても、右合意はその効力を生じないことは、最高裁判所判例の示すところであるが、本件は、右判例の事案と相異り、前記農地法五条(農地転用)の許可申請が売主と転売人及び転買人三者間の合意に基づいて売主と転買人間になされ、右申請に対して農地法五条による知事の許可が与えられたのであつて、農地そのものとしての売買ではなく転買人の農地以外の目的に転用のための売買であることに鑑み、右合意は有効と解せられ、知事の許可処分の公定力と相俟つて、条件付売買は有効であり、かつ、知事の許可によつて条件は成就し、売買の効力を発生し、控訴人は本件土地の所有権を取得したものというべきである。よつて、被控訴人らは相続に因り控訴人に対し本件土地につき所有権移転仮登記の本登記手続をなすべき義務を先代から承継したものといわなければならない。

4  ところで、被控訴人らは被控訴人ら先代と訴外会社間の本件土地の売買は解除されたと主張するのに対し、控訴人は右解除によつて控訴人に対抗することはできない旨抗争するので判断する。

〈証拠〉によると、被控訴人ら主張の契約(被控訴人ら先代と訴外会社間の条件付売買)解除の意思表示が訴外会社(当時、社名を常陸建設工業株式会社と変更)に対してなされたことが認められるけれども、控訴人は解除前に本件土地所有権を取得した第三者に該り、しかも登記義務者を被控訴人ら先代とする所有権移転登記を経ているのであるから、被控訴人らは右解除をもつて控訴人に対抗することはできない。被控訴人らは、仮登記は単に本登記の順位保持の効果をもつものにすぎないから被控訴人らの契約解除による原状回復を妨げるものではない旨主張し、仮登記が順位保持の効力のみ有し、対抗力を有するものではないことは所論のとおりであるが、民法五四五条一項但書の法意が第三者の不測の損害を蒙ることを防止するため解除の遡及効を制限した趣旨に照らして考えれば被控訴人らの主張は失当である。

三被控訴人らの反訴請求について

本件土地につき横浜地方法務局上溝出張所昭和四二年一〇月三一日受付第四三二八二号をもつて条件付所有権移転仮登記がなされた経緯については前に認定したとおりであり、本件土地につき被控訴人ら先代を代理して渡辺行江が、控訴人と連署の上農地法五条の許可申請の手続を経てこれが許可を得、被控訴人らが右仮登記に基づく本登記手続をなすべき義務を負うことは前説示のとおりであるから、被控訴人らの反訴請求は失当である

四結論

よつて、控訴人の本訴請求を棄却し被控訴人らの反訴を認容した原判決はこれを取り消し、控訴人の本訴請求を認容し、被控訴人らの反訴請求はこれを棄却することとし、民事訴訟法九六条、八九条に則り、主文のとおり判決する。

(立岡安正 中村盛雄 長門栄吉)

物件目録《省略》

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例